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リージョナルHERO

リージョナルキャリアで転職し、現在広島で活躍している方をご紹介します。

エントリーから内定まで2ヶ月。短期決戦で希望の仕事と家族との時間を手に入れた。

大塚メカトロニクス株式会社 細山佑樹さん(仮名) 28歳

細山佑樹さん(仮名)は新卒入社した会計事務所で監査や経理指導などを手掛けながら経理のスキルを磨き、事業会社の経理職へと転職を果たしたリージョナルヒーローだ。エントリーから内定まで2ヶ月足らずというスピーディな転職活動を経て、現在は経理職として充実した日々を送っているという細山さんに、転職活動からこれまでを振り返っていただいた。

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東京への異動か、広島での転職か。迷いの中で出会えたのは、理想的な会社だった。

カルビー株式会社 大西菜穂子さん 28歳

製薬会社のMRとして広島の事業所に勤務していた大西菜穂子さん。上司に恵まれて仕事は面白く、いずれは東京の本社でマーケティングや企画の仕事をしたいという希望を持っていた。しかし地元企業に勤める男性と結婚。入社5年目を迎え異動が現実的になってくると、「異動なら夫とは別居」、「広島に残るなら転職」という選択が必要な状況に。どこか良い転職先があれば......と様々な求人を探す中で、最初の相談から数カ月を経てコンサルタントから紹介されたのは、まさに理想通りの会社だった。

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自分たちの開発した製品で勝負できる。そんな提案型の営業がやりたかった。

南条装備工業株式会社 宮城寿さん(仮名) 35歳

宮城寿さん(仮名)は大学卒業後、自動車部品メーカーに就職し、入社当初は技術職、5年目から営業職としてキャリアを重ねた。やがて、大手メーカーの指示通りの部品を提供するだけではなく、「顧客のニーズを汲み取って課題解決につながる製品を提案する営業がしたい」と考えるようになった。そこで、自社開発に力を入れているメーカーに焦点をあてて、転職活動を開始。希望していた開発型メーカーへの転職を果たした。「"お客様に言われるままの製品づくり"ではなく、自分たちの力で開発した製品を提案できる。そう思うと楽しみで仕方がない」と話す宮城さんに、転職活動を振り返ってもらった。

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40歳での決断は、現状維持より新たな環境で成長を。

八千代工業株式会社 下村伸行さん(仮名) 41歳

下村伸行さん(仮名)は某有名アパレルメーカーひとすじの会社員。営業からキャリアをスタートし、マーチャンダイザーやバイヤーを経て、新規ブランドの責任者を担当。その活躍ぶりが認められ、スカウトの話が来るようになり、自分の人生を初めて真剣に考えるようになったという。そして気づいたのは、自分自身のさらなる成長とゆとりある暮らしへの渇望。そんな下村さんが次の活躍の場として選んだのは、広島市内にある老舗の手芸用品メーカーだった。「地元にこんなに将来性のある会社があることも、手芸用品にこんなに大きなマーケットがあることも知りませんでした」と話す下村さん。新たな挑戦の苦労も感じつつも、「期待以上のことが多い」と喜ぶ下村さんにお話をうかがった。

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家族が一緒に暮らすための転職で、人事としてのキャリアアップも実現。

べバストジャパン株式会社 山城浩之さん(仮名) 26歳

地元・広島の大学を卒業した山城さん(仮名)が就職したのは大手電機メーカーのグループ会社。兵庫県内の事業所に配属され、人事としてのキャリアをスタートした。ほどなくして学生時代に知り合った女性と結婚。子どもも生まれ、妻のキャリアや子育て、家族のあり方を長期的に考えた末に、広島へのUターン転職を決意する。プライベートなライフプランが転職の動機ではあったが、若い山城さんにとって、自身のキャリアをこれからどのように積み上げていくかも重要なファクター。そうした「キャリア観」を転職エージェントのコンサルタントと共有することによって成し遂げた、「100点満点の転職」の経緯を紹介する。

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証券会社でキャリアを積んだ34歳。金融マンの理想と思える仕事が地方銀行にあった。

株式会社広島銀行 浅野晃平さん 34歳

証券会社の投資銀行部門でIPOやM&Aといった花形業務に携わってきた浅野晃平さんは、同部署での10年の節目にライフプランとキャリアプランを再検討する。来た道をこのまま行くか、別の道へと舵を切るのか。視野に入ってくるのは、やがて来るであろう親世代の老いの問題だ。岡山出身の自分と、広島出身の妻と、東京を離れて故郷に戻るなら、あまり遅くなりすぎない方がいい。それが無理のない結論だった。そして「いい会社が見つかるまで、1~2年かけてゆっくり探すつもりだった」という浅野さんが、転職活動開始からほどなくして出会ったのは、理想の新天地だった。

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迷いのあった移住が、思いがけない出会いで実現。手に入れたのは新たなやりがいと最高の子育て環境。

株式会社広島銀行 木下麻子さん 39歳

出産・育児を経ながらもブランクなく仕事を続けてきた木下麻子さんが転職を考えることになったのは、広島に住む夫の家族に介護サポートの必要が生じたからだった。だが、夫と共に広島に移住するにせよ、仕事をしない人生など考えられない。IT・広告業界で積み重ねた人材開発の経験を活かしたい――そんな希望を伝えた転職コンサルタントが、木下さんにマッチする案件として探して来たのはなんと銀行。カルチャーの異なる業界からの誘いに最初は戸惑ったものの、銀行が求めていたのはまさに木下さんのような改革者だった。

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独立リーグ球団のマネージャーから、経験ゼロの不動産営業への転職に成功。

株式会社日興ホーム 塩崎一宏さん(仮名) 30歳

スポーツビジネスに興味を持ち、独立リーグに所属する新潟の球団に就職した塩崎さん(仮名)。マネージャーとして多忙な日々を送っていたが、結婚を機に、地元へのUターン転職を考え始めた。球団マネージャーという特殊な経験を活かせる仕事はそう簡単に見つからない、と早い段階から「ゼロからのチャレンジ」を覚悟。どんな業界・仕事でも、自分にできることなら取り組もうと決めて転職活動をスタートさせた。そして塩崎さんは土地有効活用の提案を行う不動産営業として転職に成功する。「"こうじゃないと駄目"というこだわりを特に持たなかったので、コンサルタントの情報を素直に吸収できた。それが良かったのでは」と彼は自身の活動を振り返る。

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知り合いが誰一人いない地での子育てに悩む妻を見て、地元で暮らすべきだと感じた。

べバストジャパン株式会社 川﨑和幸さん(仮名) 30歳

大のバイク好きだった川崎さん(仮名)にとって、静岡に本社を置く二輪車メーカーでの設計・開発の仕事はまさに天職だった。就職2年目には学生時代から交際していた彼女とめでたく結婚。ほどなく子どもにも恵まれ、順風満帆だった。しかし、広島出身の奥様にとって、初めての子育てを誰一人知り合いのいない地で行うことは、大きな負担だった。不安を抱えながらも子育てに奮闘する奥様を、放っておくわけにはいかない。考え抜いた末、川﨑さんはUターン転職を目指すようになった。そして川崎さんは、自分のこれまでの経験が活かせる「自動車業界での設計職」という仕事を、地元でも発見。「家族の穏やかな生活」と「やりがいの持てる仕事」という、かけがえのない2つの価値を両立させることに成功している。

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地元本社の世界的メーカーで、人事として活躍する道を実現した。

マツダ株式会社 村西稔(仮名)さん 37歳

村西稔さん(仮名)は東京から広島への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。東京の大学を卒業し、東京本社の大手情報関連会社に就職。人材採用・育成関連の提案営業に携わる中で、「働く人を幸せにするための環境づくり」という役割を担う「人事」という職務への関心を深める。そして東京のコンテンツ関連の会社に人事として転職。その3年後、地元・広島へ、Uターン転職を果たした。新たな活躍の場は、世界にも多くのファンを持つ個性的なクルマを発信する、国内でも有数のメーカー、マツダだ。規模が大きくなり、人事として関わる部門・職種もさらに多彩になった中で、村西さんは日々新たな刺激と発見を受けながら成長を遂げている。

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