リージョナルHERO

リージョナルキャリアで転職し、現在広島で活躍している方をご紹介します。

独立リーグ球団のマネージャーから、経験ゼロの不動産営業への転職に成功。

株式会社日興ホーム 塩崎一宏さん(仮名) 30歳

スポーツビジネスに興味を持ち、独立リーグに所属する新潟の球団に就職した塩崎さん(仮名)。マネージャーとして多忙な日々を送っていたが、結婚を機に、地元へのUターン転職を考え始めた。球団マネージャーという特殊な経験を活かせる仕事はそう簡単に見つからない、と早い段階から「ゼロからのチャレンジ」を覚悟。どんな業界・仕事でも、自分にできることなら取り組もうと決めて転職活動をスタートさせた。そして塩崎さんは土地有効活用の提案を行う不動産営業として転職に成功する。「"こうじゃないと駄目"というこだわりを特に持たなかったので、コンサルタントの情報を素直に吸収できた。それが良かったのでは」と彼は自身の活動を振り返る。

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知り合いが誰一人いない地での子育てに悩む妻を見て、地元で暮らすべきだと感じた。

べバストジャパン株式会社 川﨑和幸さん(仮名) 30歳

大のバイク好きだった川崎さん(仮名)にとって、静岡に本社を置く二輪車メーカーでの設計・開発の仕事はまさに天職だった。就職2年目には学生時代から交際していた彼女とめでたく結婚。ほどなく子どもにも恵まれ、順風満帆だった。しかし、広島出身の奥様にとって、初めての子育てを誰一人知り合いのいない地で行うことは、大きな負担だった。不安を抱えながらも子育てに奮闘する奥様を、放っておくわけにはいかない。考え抜いた末、川﨑さんはUターン転職を目指すようになった。そして川崎さんは、自分のこれまでの経験が活かせる「自動車業界での設計職」という仕事を、地元でも発見。「家族の穏やかな生活」と「やりがいの持てる仕事」という、かけがえのない2つの価値を両立させることに成功している。

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地元本社の世界的メーカーで、人事として活躍する道を実現した。

マツダ株式会社 村西稔(仮名)さん 37歳

村西稔さん(仮名)は東京から広島への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。東京の大学を卒業し、東京本社の大手情報関連会社に就職。人材採用・育成関連の提案営業に携わる中で、「働く人を幸せにするための環境づくり」という役割を担う「人事」という職務への関心を深める。そして東京のコンテンツ関連の会社に人事として転職。その3年後、地元・広島へ、Uターン転職を果たした。新たな活躍の場は、世界にも多くのファンを持つ個性的なクルマを発信する、国内でも有数のメーカー、マツダだ。規模が大きくなり、人事として関わる部門・職種もさらに多彩になった中で、村西さんは日々新たな刺激と発見を受けながら成長を遂げている。

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妻が喜んでいるのが何より嬉しい。あとは仕事で結果を出すのみです。

堂本食品株式会社 奥野正史さん(仮名) 28歳

奥野正史さん(仮名)は2015年1月に鶏卵を生産する農場管理の仕事から食品メーカーの開発職へキャリアチェンジをしたリージョナルヒーローだ。"食"という括りでは同じであるが、まったく異なる仕事に就いて1年。ヤリガイや苦労、生活の変化、そしてこれから。私生活のことも含め、この1年間を振り返って頂いた。

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人生を変える決断。運命の出会い。

伊豆義株式会社 池上裕輔さん(仮名) 26歳

池上裕輔さん(仮名)は、2011年に東京から地元広島へのUターン転職に成功したリージョナルヒーローだ。関東の大学を卒業後、急成長していたIT系企業の営業として勤務。主にモバイル向けのアフィリエイト広告の営業を担当し、若くして月商1億円に達する仕事を経験。社会人3年を経て仲間にも恵まれ会社には全く不満がなかったものの、結婚を控えたタイミングで将来の子育て、ご両親のサポートなどを総合的に踏まえ転職を決意。現在は服飾資材の専門商社である伊豆義株式会社で総務に籍を置き、幅広い業務で活躍している。「単純に仕事を変えるというより、人生を変える選択だった」と話す池上さんに、入社から4年たった現在の状況とともに当時の体験談を伺った。

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40歳を過ぎての転職。安定よりもチャレンジの道を選ぶ。

株式会社中電工 八田友博(仮名)さん 43歳

工事現場の職人からスタートし、施工管理として経験を積んできた八田友博(仮名)さん。実務をこなしながら一級管工事施工管理技師の資格を取得し、課長職も務めていた。そのまま大過なく勤め上げれば、それ以上のポストにも就く可能性があったかもしれない。会社に特段の不満もなかった。それでも転職を決めた理由はただ一つ、「もっとチャレンジしたい」。家族のことも考えると転職はリスクも孕んでいた。しかし、チャレンジすることを決意できたのは「家族がいたからこそ」だという。いま彼は東証一部上場企業への転職を実現し、日々奮闘している。40歳を過ぎてチャレンジの道を選んだ八田さんにお話をうかがった。

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家族との生活、積み重ねてきたキャリア。どれも大切だった地元への転職。

株式会社日本クライメイトシステムズ 荒木雄三さん(仮名) 30歳

東証一部上場企業の経理部門から地元自動車部品メーカーの経理への転職。荒木雄三さん(仮名)は8年間務めた前職を辞め、地元へのUターン転職を選択した。実家に残っていた弟たちが独立することになり長男として実家へ戻ることを決めたのだ。しかし、遠く離れた関東から広島企業への転職活動は独力ではままならない。「実家に戻れることが第一条件だけれど、せっかく今まで蓄えた経理としての力を生かせる職場を探したい」その想いでコンタクトをとったライフサイズのコンサルタントとをとった。現在はプライベートと仕事の両方に満足していると話す荒木さんにお話を伺った。

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新たな職場は、大手自動車メーカーの関連工場。レベルの高さにやる気もアップ!

トーヨーエイテック株式会社 木村和明さん(仮名) 29歳

木村和明さん(仮名)は大阪の大学を卒業後、三重の中小メーカーに就職。以来、設備技術者として順調に経験を積んでいた。「会社への不満も特になかった」という木村さんが転職を考えるきっかけになったのは、地元・広島で暮らす父親の病気。知らせを受けてすぐに広島へと向かったが、片道5時間もかかり、遠さを実感した。「これから年老いていく両親のことを考えると、こんなに離れて暮らすのは不安。かといって、ここまでせっかく頑張って働いてきた会社を辞めたくはない...」。半年ほど悩んだすえに、両親のそばに戻ることを決意。するとライフサイズの紹介で、希望通り、今までと同じ職種に出会うことができた。しかも今度は安定しているだけでなく、製造現場のレベルも高い。「親のために帰ったが、自分もスキルアップできそう。転職して本当によかった」と話す木村さんにインタビューした。

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より付加価値の高い製品を扱う、本物の“提案営業”に、地元で巡り会いました。

南条装備工業株式会社 加藤喜博さん(仮名) 38歳

加藤喜博さん(仮名)は栃木から広島への転職を成功させたリージョナルヒーローだ。もともと岡山の出身だった加藤さん。前職では自動車部品メーカーの営業として活躍。実績を買われ、27歳の時、ほとんど未開拓だった関東市場に単身で乗り込む。そして関東の売上を5倍に伸ばす成果をあげる。しかし製品コストばかりを優先される点に疑問を感じ、「もっと付加価値の高い製品を扱いたい。コストのみで判断されるのではなく、提案力の問われる営業活動を実践したい」と思い始める。加えて関東勤務が既に10年に及んでおり、長男なので地元の中国地方に戻りたいという気持ちもあり、転職を決断。転職により、故郷に近い広島に戻った加藤さんは「瀬戸内海の魚はうまい。野球観戦にもすぐ行ける」と充実した生活を手に入れたことを喜ぶ。もちろん仕事についても「営業として大きなやりがいを味わっている」と語る。

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収入もやりがいもアップ。将来に希望が持てるようになりました。

株式会社データホライゾン 安本 茂樹さん(仮名) 40歳

派遣でSEとして勤務していた安本 茂樹さん(仮名)。安本さんは、さまざまなお客様と共にシステム開発を手掛けながらも、ある不満と不安を抱えていたという。それは、収入に対してのこと。同じ仕事をしていても、派遣先の社員とあまりに給料が違う。自分は40歳になろうとしているのに、基本給ベースでの年収は300万円ほど。実際の収入はもっとあったが、かなりの残業代を含んでのものだったのだ。毎日続く残業は体力的しんどくなってきた。しかし残業が減れば、収入も減る。いつまで今のような残業を続けられるのだろう。そんなジレンマと不安から卒業する為に、安本さんは転職を決断した。飛び込んだのは、システムを使った企画提案職。40歳にして、新人のつもりで新たな仕事にチャレンジしているという。「わからないことばかりで大変。でも将来に希望が持てるようになりました」と明るく話す安本さんに詳しい話をうかがった。

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